こがたなの製造工程     岩崎重義

(1) 材料の選定

 (イ)鋼
 充分な耐久力を発揮する高炭素鋼が適する。同時に刃の再生を行う刃砥ぎ作業が容易な材質が望まれる。現在は炭素量1、30%前後の純高炭素鋼がよいとされている。
 
 (ロ)鉄
 地金とも呼ぶ。鋼の小片を鍛接する土台となる。熱処理、特に焼入れの際、鋼の伸縮にうまく副うこと、刃を研ぐ際には研ぎやすく、砥石によく削られる材質でなければならない。炭素鋼の極く低い0、1%以下の極軟鋼で不純物の少ないものがよい。西欧の古い錬鉄や、たたら吹きによる和鋼を鍛えた和鉄は最高級の地金である。これらは非金属介在物が多く、近代的な製鉄法による材料よりも粘りがないだけ砥石によく削りおろされ、早くよい刃を研ぎつける事が出来る。


(2) 鍛接準備と鍛接

 鋼と地金を製品に必要な分量及び形状に鍛造する。鋼と地金の厚さの比率は、この時1対4前後である。鋼は地金より4〜5o広くしておく。高温に加熱した後、鎚打する際、鋼は硬く延びにくく、地金は延び易いため、事前に差をつけておく。鍛接剤は硼酸等を用いる。硼砂は多くの場合単独でつかい、硼酸には鉄粉や酸化鉄を混ぜて使う。鋼と地金との間に鍛接剤を置き、ゆっくり加熱する。1050℃〜1100℃になると鍛接剤は溶けて油状になり、泡立って鋼や鉄の表面を覆う。金敷の上で強く鎚打すると、二つの素材は一体となる。鍛接剤は衝撃で外に飛び散り残らない。


(3) 鍛造

 複合した素材を鎚打し、形を決める。鍛冶の現場では荒延べ、地切り(中延べ)、仕上打ち、と作業を分けている。この間、鍛造の加熱温度を段階的に低くする。1100℃の鍛接に始まり、750℃までの間で鍛造を終わる。この間製品の形を整えると同時に鋼の金属組織を微細にする。特に過共折で炭素量の多い鋼を用いた場合には、遊離セメンタイトの微小球状化が重要である。


(4) 研削とならし

 鍛造した半製品の外形を規定通りにそろえる。鋼の表面に残る凹凸、鋼と鉄の比率の出来具合を確認しながら、肉取り、厚さ、を作業を進めながら決める。その後200℃前後に加熱、金敷の上で鎚打する。鋼の面を下に、鉄の方からたたきしめる。鋼と地金の伸延率の差を利用し、鋼の面を僅かながら凹面とする。完成後、硬い鋼を砥石に広く当てないための準備である。最後に寸法を整える。


(5) 焼入れ (焼入れは水冷を原則とする)

 準備として、鋼の面、鉄の部分には別々に粘土、あるいは粘土と砥石の粉末、木炭粉末を配した土を塗り乾かす。これらの土は焼入れの際、水中で急激に発生する水蒸気を急速に剥離させる力を持ち、冷却速度を大きくする。焼き入れ温度は必要限度内で低い方がよく、均一でこまかなマルテンサイトを現出させる。


(6) 歪取りと焼きもどし

 焼入れされた鋼の膨張で、こがたなは鋼の面が強くへこんだり、逆に反ったりする。焼入直後、αマルテンサイトのままだと、僅かな力でたたいただけで、曲がりや凹凸が修正出来る。次の焼もどしで鋼は縮む傾向があるから、その時の動きを予測し、鋼の面がそり返る程度に整えておく。焼もどしは、硬さの調整であるから、用途、註文した人の好みに応じ加減する。焼もどしの温度範囲は、150℃〜210℃の間である。焼もどし後、再び小さな歪を修正する。特に鋼の面の縁の部分だけが平らな砥石に平均に当たるようにする。


(7) 仕上げ
 
 仕上げは、地金側の刃肉をななめに削りおろす荒刃おろしと、裏と呼ばれる鋼面の細い外縁部分を、平らな仕上砥石にぴったりと合わせながら、鋼面の内面に生じた凹凸をなめらかにする裏つくりから成る。裏つくりせずに鋼面を平らな砥石で研ぎ減らし、広い面を平らにする方法もある。
 最後に平面を出しておいた中砥石、仕上砥石で刃の両面を順次研ぎ上げ、切れる刃にする。研ぎの中間作業である中研ぎの際、研ぎおろされた刃に見られる「かえり」の状態は、昔から刃の硬さ、粘りを鍛冶職が経験的に知る目安になっていた。こがたなの硬さは、Hrc63を中心に上下し用途別につくり分けられている。


研ぎ


 刃物はよい刃を研ぎ出すことで、性能が充分に発揮される。簡単に研ぎの順序と砥石に触れておく。大体刃物の研ぎやその結果である切味について、日本には科学的なデータが揃わぬまま近年に至っている。最近これらに関する諸研究が行われる様になったが、まだ充分に解明されたとは言えない状況にある。経験的な慣習で言い伝えられて来た技を基にして説明を進めたい。
 刃物の研ぎは次の三段階に分けられる。ここで言う刃物の表は鉄の面で、表の刃には鉄と鋼の両方が斜めに削られて現われる。裏とは鋼だけの面を言う。


(1) 荒研ぎ 

 刃を使用目的に適した形状につくる作業を言う。新品の刃物を研ぐ場合は、刃角、鋼側の平面を正確に確保することが目的となる。使用済みで刃が痛んだ場合は刃の欠損部や、磨耗して厚さの出た最先端部を表面から削り減らして修復するのを目的とする。刃の損耗が少ない場合には荒研ぎを省き、次の中研ぎから出発することもある。能率よく仕事を進めるため、鉄の部分をヤスリ、あるいは金属を削る道具、スキセンで削ることもある。荒研ぎは主に砥粒の荒い砥石を使用する。結合度の弱い軟らかい砥石は、平面が崩れ易いから注意しなければならない。研ぎ減らすのは表面だけで、裏側は荒い砥石の当てたくない。裏側を減らすと鋼の厚さが少なくなり、ある限度を超えると刃物の剛性が失われ、役に立たなくなる。裏面は次の中砥ぎの用いる中砥で根気よく研ぐか、又は鉄製で平面を作った「金板」の上に、適当な砥磨材を撤き、丹念に研ぐ。金属板上の砥磨材は塗りつぶされ、砕け、次第に微細な粒子になる。刃物の裏は、研ぎの時間が長くなるにつれて次第に鏡面に近づく。このままの作業を続けて仕上げてもよく、続いて仕上砥石の移ってもよい。


(2) 中砥ぎ

 荒研ぎで作った刃の形を崩さずに、荒研ぎで生じた砥粒の条痕を、こまかい砥粒で研ぎ減らし、刃の両面を平滑にする。砥石は荒砥ぎにつかったものよりずっと砥粒のこまかい砥石を用いる。


(3) 仕上げ研ぎ
 荒研ぎで原形をつくり、中研ぎで平滑のした刃の表、裏の面を、微粒で鏡面に近づけるのが目的となる。刃は表と裏、二つの面交線である。従って、二つの面が完全な鏡面であれば、刃は線となる。理想的な刃を研ぎ出すには、時間をかけることと、材料を揃えれば可能であるが、一般の刃物は実用上、完全鏡面の90%程度で使用している。刃の状態は、300倍〜600倍の顕微鏡で拡大すると観察できる。中砥ぎでは殆どの場合、鋸の刃に見られるギザギザで複雑な形状となり、仕上研ぎの段階が進むにつれ、ゆるやかな波状、直線、あるいはそうした刃形の中に小さな欠損部の混る状態に変る。刃の角度の切味には大きな影響がある。葉の断面を詳しく調べると、肉眼で観察し得た結果よりも問題が複雑であることに気がつく。刃は平面と平面によって形づくられ、断面は幾何学的な直線と直線による鋭角であると一般に受けとめられている。精度が粗い時はその理解でもよいが、顕微鏡の段階に精度が高まると、表面の粗さの問題と同様に、刃の最先端に近い部分の状態が変化する。例えば、砥石当て刃研ぎ角度が25℃であった場合「図」に掲げた刃の断面の模式図、@のように、尖端迄定めた角度に仕上っている事もあり、AあるいはBのようになることもある。この場合、刃の角度は、肉眼で感じた角度よりずっと大きくなる。Cはミクロン単位の曲率を持つ曲線の一部となったものである。これらの状態は刃物と砥石の間に浮動する砥粒、粘結剤、研ぎおろされた鉄や鋼の微小な、くず等の影響や、人力で研ぐ際の不安定な動作から生ずるものである。実用の上では逆にこの変化えおうまく利用し、耐久力を増すのに役立てたりする。元来切味は、切れる能力と切る人が受ける感覚、性能の持久力性、被切削物の仕上り面の状況等を総合して表現することばで、広い意味を持っている。腕前や技で示される通り、こうした微細な条件の変化が大きな影響を及ぼす刃研ぎには、長い経験が求められた。又多くの流派が夫久の方法を競ったのである。仕上砥石で研ぎ上げた後、人間の皮膚、布、獣皮、軟質の木片等で刃を擦り合わせるやり方もある。この方法は、ラッピング効果を狙ったもので、使用目的によって性能が向上することもある。



砥石


 
砥石には昔から使われている天然砥と、近年開発された人造砥がある。産地別には、国内産と輸入品がある。外国では、石ではなく、研磨剤を含んだ砂を使用した例もある。
 荒研ぎに用いる砥石を荒砥と呼び、中砥ぎ用の砥石は中砥、仕上げ用は仕上砥と言う。採掘された地名や発売元に在る村や町の名を頭に付けている。長崎県、大村湾から産する荒砥は、大村砥と言われる。四国の松山市から出る中砥は、昔の国の名を付け、伊予砥と呼ばれた。京都市左京区から産出する仕上中砥は、品質抜群で古くから珍重された。
採掘地の名から、鳴滝砥とか切味のむずかしいかみそりを仕上げる用いた事からかみそり砥、あるいは仕上げの研ぎ合わせに欠く事の出来ない砥石の意か、単にあわせ砥とも呼びならされた。
 人造砥は工業的に製造した研磨剤を原料として開発され、作り方は、焼き固めたビットリファイド型と、セメント固化型、樹脂型、その他に分かれている。天然砥と同じ人力用の砥石を目指しとものと、動力による機械用砥石の方向に進んだものがある。天然砥の代替えを目指した人造砥は、荒研ぎに始まり、中砥の代用となり、現在仕上砥の領域を模索している。いずれも一長一短があって、使用する目的に依り、つかい分けをしている。大略、荒砥用は、研磨剤の砥粒番号で表わすと♯180以下の粗いもの、中砥の範囲は♯240〜♯1000、仕上砥は♯1000以上と言える。日本の合わせ砥と呼ばれる天然産仕上砥は、削る力とラッピング(磨き)の両方の効用を果している。仕上砥に含まれる研磨剤の粒度はJISの表示が出来ていない微粒子である。


こがたなとナイフ

 明治以降ヨーロッパ文化が、我国に急激に流れ込んだ。生活の洋風化、いくつか体験した戦争等の要因で、更にその傾向は強くなり、現在に至っている。和式のこがたなに対する西欧のナイフも我国の生活に摂取されたが概してこがたなは本職用の座を守り、ナイフは新しい特殊用途や一般家庭で使われた。ナイフは全鋼で、全体に焼入れされている。硬さはこがたなに比べて低い。これが日本の木工用に適さなかった理由である。戦後、拙速がもてはやされ、便利が歪んで、すぐ使える道具や、つかい捨て方式の採用から、ナイフの変形であるカッターナイフ等の名がつく安全替刃と、ナイフの中間的な製品も出廻っている。こがたなもナイフも、ほぼ同じ目的に使い、夫久の特質をうまく利用して来た。昨今我国に於いては、世の流れに従って、大切な道具でありながら、これはらは人間生活の中で脇役に引き下げられた。砥石で刃を研ぎ、細工をする生活学習が、最近ややおろそかにされている。
 日本が先祖代々育てて来たすぐれた道具の効用について、改めて認識深めて頂く様諸賢にお願いしたい。

 参考文献
1) 正倉院の刀剣,(昭49),宮内庁
2)芹沢長介:石器時代の日本,(昭35),築地書館
3)樋口清之編:弥生と邪馬台国,(昭52),学習研究社
4)内田広顕:刃物シリーズ,(昭38),日本刃物新聞社
5)岩崎航介:刃物の見方,(昭44),三条金物青年会









 参考文献 日本塑性加工学会創立20周年記念誌 「日本の塑性加工」

            御存知ですか、こがたなを   担当 岩崎重義                        石社鍛冶屋

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